10年以上にわたって闘い続けられてきた「日産派遣・期間工切り争議」について、8月19日に中央労働委員会において和解が成立し、全面解決しました。
解雇の必要性はなかった
発端は、08年末からの一時的減産を理由として、カルロス・ゴーンCEO(当時)が、「痛みを分かちあう」としてグローバル・グループ全体で2万5千人の人員削減を発表したことです。国内では約8千人の非正規労働者(派遣労働者や契約社員など)が一方的に解雇・雇止めされました。
まともな説明もなく、労働者をモノのように使い捨てるやり方に抗議し、日産自動車・日産車体で派遣社員・契約社員として働いていた5人の労働者が、09年5月に闘いに立ち上がりました。
地位確認を求めた裁判では、日産の業績はV字回復し、そもそも解雇の必要性がなかったことなどを明らかにしましたが、実態を直視しない裁判官によって最高裁まで不当判決が出されました。しかし、ゴーン氏が私的な株の損失を会社に押し付け、発表された倍の報酬が約束されていたことが明らかになり、不当な解雇であったことがより明白になりました。
県労委の画期的命令
裁判と並行しながら話し合いでの解決を求め、団体交渉を申し入れていましたが、拒否や不誠実な対応であったため、労働委員会に申立てを行いました。
18年2月に神奈川県労働委員会は、派遣労働者について、派遣先である日産自動車を「使用者」と認め、不誠実であったこととあわせて、労働者・労働組合を救済する画期的な命令を下しました。
再審査が行われていた中央労働委員会では、長期にわたる争議の解決を求め、粘り強く運動を進めた結果、和解を実現することができました。
解決内容を公表はできませんが、和解後の記者会見で当事者は「ほっとしている」、「10年以上の闘いの結果として満足している」と述べ、支えてくれた方々への感謝を語っていました。
闘いの教訓を活かし、新たなリストラを許さないとりくみが求められています。