10月9日、「日通無期雇用転換逃れ阻止支援共闘会議」の総会が行われました。
本争議は、日本通運川崎支店で1年の有期契約で働いていた岩本さんが、労働契約法18条(無期転換ルール)による無期転換申し込みの権利を得られる1日前に雇止めされ、撤回を求めて横浜地裁川崎支部に提訴した事件です。
約5年の闘いでは、地裁・高裁で不当判決が出され、最高裁に上告しましたが、今年5月、不当な上告申し立て不受理の決定が出されました。
総会では、来賓として同じ日通の無期転換逃れ雇止めと共闘してきた「ユニオンネットお互いさま」の松本副委員長から挨拶がありました。
議案として、「闘いをめぐる情勢と裁判闘争の意義」(後掲)が川岸弁護士から提案されました。地裁の審理では、労働政策審議会の使用者側委員を務めてきた、現日通副社長の秋田進氏の証人要請が認められたことや、多くの労働法研究者から本件不当判決を批判する意見が出されたこと、また、不当判決ではあるが「無期転換阻止のみを狙ったものとしか言い難い不自然な態様で行われる雇止めは無効となる」との裁判規範を得て、今度の無期転換逃れを闘う労働者にとって大きな武器となること、などが報告されました。
その後、「運動の到達点」や「今後の運動への課題と展望」、「支援共闘会議の解散」、会計報告などが提案され、 討論では6人から発言がありました。
(上の写真)約5年の闘いを総括した総会
原告の決意
原告の岩本さんは「裁判では負けましたが、大きな武器を得たと思います。今度の活動に生かしていきたい」との発言があり、参加者に大きな感銘を与えました。
最後に、代表委員の古山さん(全神奈川地域労組協議会)が閉会あいさつ。労契法を真に労働者の利益に資するものとすべく、それぞれの立場で運動を継続する決意を固めて、閉会しました。
裁判闘争の意義・総会議案(抜粋)(弁護団、川岸卓哉弁護士、渡辺登代美弁護士)
1.2012年 無期転換ルールの立法化
2012年、労働契約法18条の無期転換ルールは、我が国において増え続ける非正規雇用労働者を、会社が「雇用の調整弁」として差別し使い捨てることへの歯止めをかけ、労働者の雇用の安定を図ることを目的として、立法されたものであった。
有期契約労働者は、企業にとって、雇用の調整弁や人件費を削減することを目的として用いられてきた。特に近年、正社員としての職を得られないままやむを得ず就いた有期契約労働者等の非正規労働者は増え続けている。しかし、我が国における有期雇用の保護法制は弱く、「いつ雇止めされるか分からない」と不安を抱えながら、労働条件の不満を言うこともできず、当然の権利も主張できないまま働いてきた。
労働契約法18条は、正社員と非正規労働者の著しい格差を是正するため、雇用は正社員(無期雇用)であるという原則を前提に、非正規の固定化を防ぎ、有期雇用から無期雇用へのステップアップによる雇用の安定化を促すための制度として立法された。
これは、労働者にとって、職場に定着して職業能力を形成し、働きがいのある充実した職業生活を送ることができるようにすることだけではない。企業にとっても、我が国において労働人口が減少するなかで中長期的には生産性が向上することになる。無期転換ルールは、労使双方に正の相乗効果をもたらすことが期待され、労働契約法18条は立法された。
2.2018年問題 「無期転換逃れ」に対する提訴
労働契約法18条の無期転換ルールは、2013年4月に施行し、5年が経過した2018年4月から無期転換申込権が発生することになった。しかし、この頃から、当初予想されていたとおり、無期転換逃れの雇止めが多発し、「2018年問題」と呼ばれた。
原告岩本さんも、日本通運川崎支店において、派遣社員を経て、2013年より、1年契約更新の有期労働契約で直接雇用された。その後、契約更新は4回され、労働契約法18条の「無期転換ルール」によって無期転換申込権が発生する通算契約期間5年のわずか1日前、2018年6月末日をもって、期間満了による雇止めをされた。
日本通運の本件雇止めは、無期転換ルールの法の趣旨を真正面から否定し、無期転換を阻止することに目的があった。そのため、本件雇用契約書には、派遣を経て最初の直接雇用契約当初から「当社における最初の雇用契約開始日から通算して5年を超えて更新することはない」という、いわゆる不更新条項が挿入されていた。
2018年問題に対し、無期転換逃れを目的とした雇い止めに対する地位確認請求訴訟の提訴が、全国で相次ぐなか、本件も、2019年7月31日、横浜地方裁判所川崎支部へ提訴するに至った。
3.訴訟経過
(1)地裁段階の審理 異例の裁判所呼び出しによる日通副社長の尋問で明らかになる脱法意図
本件では、不更新条項の有効性が争点となり、横浜地方裁判所川崎支部は現在副社長を務める秋田進氏を呼び出しで尋問する異例の決定をした。秋田氏は、労働政策審議会の使用者側委員を務めてきた、経済界を代表する人物である。
しかし、法廷では、秋田進氏は、労働契約法18条の目的を「知らない」と言い放った。彼のこの不誠実な証言は、時代の変化に抵抗し、あくまでも非正規労働者を雇用の調整弁として安く使い、短期的な利益を獲得することに固執する考えが露骨に現れていた。そして、この言葉とおり、日本通運は、労働契約法18条の立法後、すぐさま「無視」を決め込み、圧倒的力関係で、有期雇用労働者に「すぐさま雇止めになるか、不更新条項に同意するか」を迫って、更新上限を押しつけることにより、無期転換申込権の放棄を迫ることに徹してきたことが明らかになった。
しかし、日本通運のこの安直な方針は、結局、非正規労働者に支えられてきた職場の実態にあまりに反していたため、崩壊した。本件提訴直後、2019年度から、日本通運は、5年の更新上限を廃止し、3年で正社員を認める制度に変更した。
秋田副社長自身、公的には、定年後の再雇用と、有期雇用労働者の正規化は両立し、従業員のモチベーションが高まる効果を期待する発言をするに至っている。
日本通運経営陣の安直な経営方針に振り回され犠牲になったのは、会社の現場を支える労働者たちであった。歴代の事業所長も、原告の業務態度を高く評価する証言をし、5年の更新上限以外に原告を雇止めする理由はないことを認めていた。彼らは、上司として会社や労働組合に働きかけ、岩本さんを現場に残そうと努力していた。しかし、日本通運の更新上限撤廃の方針変更にわずかに間に合わず、岩本さんは、無期転換申込権によって生活の安定を得られる目前、1日前で雇止めされ、再び非正規雇用の不安定な生活に陥った。
(2)横浜地方裁判所川崎支部判決
しかし、2021年3月31日、地裁川崎支部判決は、原告敗訴の不当判決をした。
労働契約法19条の雇用継続への合理的期待について、直接雇用当初から5年の更新上限を認識、合意していたことだけを重視し、同条が定めた考慮要素に該当する事実による期待の合理性を一切否定した、契約書への署名押印のみを重視する形式的判断となった。
原告が派遣から直接雇用へ切り替わる際に熟慮期間なく5年の更新上限に同意をさせられた経緯から、不更新条項の同意を無効とすることは、本件の特殊性であり、最大の勝負所であった。この点について、地裁判決では、山梨県信用組合事件最高裁判決の射程ではないとしつつも、「自由意思を阻害するか」について判断したうえで、非正規労働者の置かれた立場「労働者としては署名を拒否して直ちに契約関係を終了させるか、署名して次期の期間満了時に契約関係を終了させるか」二者一択を、「短期の登録型派遣か、比較的長期の有期雇用契約か」の二者一択にすり替えて、5年の更新上限に合意しても自由意思を阻害するものではないと認定し、有期雇用契約労働者の置かれた立場に対する理解・共感を欠く判断となった。
また、判決は、更新上限の公序良俗違反性についても,「次期更新時で雇止めをするような、無期転換阻止のみを狙ったものとしか言い難い不自然な態様で行われる雇止めであれば無効となる」という規範を定立しながら、当てはめにおいては、本件は、労働組合との労使協議を経た一定の社内ルールが「経営理念」を示したと評価され、5年直前の雇止めでも労働契約法18条の潜脱とはいえないと判断した。しかし、その「経営理念」の実態が、正社員組合を共犯関係による非正規使い捨ての合意であり、しかも結果として実態にあわず崩壊している点について、判決は目をつむった。
地裁判決は、大企業日本通運に忖度をし、非正規労働者を軽視し、差別的扱いを是認する裁判官の固定観念ともいうべきものが根底にあることが見て取れるものであった。原告・弁護団は直ちに東京高等裁判所へ控訴をした。
(3)東京高裁での東京事件との共同弁護団での闘い
東京高裁での闘いは、日本通運東京ベイエリア支店無期転換逃れ訴訟において同じく東京地裁で不当判決を受けた東京事件の弁護団(海渡雄一弁護士、花垣存彦弁護士、早田賢史弁護士とも、連携を強化し、日通無期転換逃れ事件の共同弁護団体制を作り、東京高裁を共に闘うこととなった。理論面では研究者との意見書作りを共同し、運動面でも、共同での院内集会を開催するなど、大きな広がりをつくる契機となった。
弁護団は、東京高裁において、以下の点を新たに主張・立証し、地裁判決の誤りは是正を免れないことを、明らかしていった。
①厚生労働省「多様化する労働契約のルールに関する検討会」の検討資料を提出
政府の調査結果からは、無期転換ルールに関する労使間の歴然たる情報格差が明らかになった。無期転換逃れ目的で、更新上限を設けている企業は、全体からみればごく少数であり、しかも、そのうち3年超~5年以内という長期の上限を設けているのは、全事業所の7%程度と極めて少数であり、日本通運の悪質性が浮き彫りになった。
②労働法研究者の意見を提出
米津孝司中央大学教授は、雇止め濫用規制を定めた労働契約法19条のもととなった日立メディコ事件最高裁判決の解釈を踏まえて、原判決の誤りを指摘。高橋賢司立正大学教授も山梨県民信用組合事件最高裁判例の「自由な意思の法理」に基づき、労働者の自己決定権を指摘。原審判決が、各最高裁判例に反することが明らかになった。
③直接雇用契約を最初に締結した際の担当人事課長の尋問を実施
オイル配送センターで原告は直接雇用への試用期間と位置づけられた派遣社員として就労をしていた。派遣社員としてすでに四回も更新をしており周囲の他の有期雇用労働者は更新上限なく働いていたことから長期間の雇用継続の期待があった。したがって、オイル配送センター事業所で直接雇用された時点で更新の期待があった。しかし、当時の人事課長は、岩本さんに対して事前の労働条件の説明はしておらず、日本通運が組織的に無期転換逃れ目的で5年の更新上限を設定した目的を説明していなかった。契約当日、岩本さんは、雇用を失うか更新上限を飲むか二者択一の関係にあったなかで、「欺罔的・詐術的な手法」で騙し討ち同意させられたのが本件更新上限だったのが明らかになった。
(4)東京高裁 無期転換ルール逃れにお墨付きを与える不当判決
しかし、2022年9月10日、東京高裁判決は、またもや不当判決となった。
「無期転換申込権の発生回避のための雇止め行為が許されないとの法規範が存在するとまでいうことはできない」「不更新条項を定めること自体について、労働契約法19条2号(雇止め濫用法理)の適用を回避・潜脱するものであって許容されないと解すべき根拠がない」「日通として、法律上許容された範囲内での雇用管理の在り方は無期転換ルールを潜脱するものではない」とし、5年以内の更新上限は無期転換ルールを潜脱するものではないとして、立法趣旨を無視する企業にお墨付きを与えた。
さらに、本判決は、日本通運が、契約締結時に、原告に、「労働契約法18条所定の無期転換申込権について事前に説明をし、熟慮期間を確保した形跡がない」ことを認定しておきながら、更新上限が契約書に明記されていたというだけで、不更新条項への同意を有効とした。判決は、契約書に更新上限が記載されている形式面だけで判断し、非正規労働者の置かれた実態から目をそらした。
(5)最高裁への上告受理申立てと広がる労働法研究者の最高裁批判
本件日本通運の無期転換逃れが労働契約法18条の立法趣旨に反することは、労働法の研究者においても明らかであり、多くの批判が寄せられた。米津孝司中央大学教授、高橋賢司立正大学教授は、高裁に引き続き最高裁に意見書を提出したほか、労働法研究者の本久洋一國學院大学教授、小山敬晴大分大学准教授、橋本陽子学習院大学教授、新谷真人日本大学教授など、多くの研究者からも判決の誤りが指摘された。最高裁が、最後の法の番人として労働法・判例の適切な解釈をすれば、原告らの逆転勝利判決となるのは、論理の必然であった。
しかしながら、2023年5月、最高裁はこれらの批判を真摯に受け止めることなく、上告受理申立てを不受理とする三行半の決定をした。
最高裁は、非正規労働者の命運のかかった本件について、判例として自ら判断を示すことからも逃げ、本件の早期幕引きを図ったものと考えざるを得ない。
(本件訴訟に関する労働法研究者の意見書・判例評釈一覧)
2019年5月7日 高橋賢司立正大学教授(当時)
本件裁判提出意見書(地裁川崎支部)
2021年10月10日 新谷眞人日本大学教授
「企業、裁判所は労働者の無期転換への期待を尊重せよー日本通運事件二判決を契機として」(労働法律旬報1993号)
2022年1月31日 米津孝司中央大学教授
本件裁判提出意見書(東京高裁)
同日 高橋賢治立正大学教授
本件裁判提出意見書(東京高裁)
2023年1月16日 米津孝司中央大学教授
本件裁判提出意見書(最高裁)
同日 高橋賢治立正大学教授
本件裁判提出意見書(最高裁)
2023年2月 橋本陽子学習院大学教授
「更新上限制・不更新条項と労契法19条―日本通運(川崎・雇止め)事件」(ジュリスト2023年2月号)
2023年3月25日 本久洋一國學院大学教授
「雇止め法理・無期転換ルールの規範性と更新限度条項の法的性質―日本通運(川崎)事件東京高裁判決を素材に」(労働法律旬報2028号)
同日 小山敬晴大分大学准教授
「締結当初より更新上限が付された有期労働契約の雇止めの有効性-日本通運(川崎)事件・東京高判令4・9・14」(労働法律旬報2028号)
4.日通川崎支店無期転換逃れ事件の意義
(1)司法の役割を問い続けた闘い
非正規労働者の救済の歴史は、司法が、契約書の不更新条項の形式的文言にとらわれず、非正規労働者の置かれた実態を真摯に受け止め、事実と道理に基づき労働者を救済する判例形成法理の歴史である。そして、これらの判例の積み重ねが、ようやく立法化されたのが、労働契約法18条の無期転換ルールであり、19条の雇止め濫用法理であった。
無期転換逃れが争われた全国の訴訟の判決の主流は、長期に渡る契約更新期間を重視する一方、途中から挿入された更新上限の有効性を慎重に判断し、無期転換逃れの判決を無効とするものであった。これらの判決は、2013年から施行された労働契約法18条の無期転換ルールに、会社側が急きょ対応する形で、更新上限を途中から挿入した事案であり、法改正に伴う過渡的な事案であった。他方で、本件は、すでに無期転換ルールが施行されることを前提に、直接雇用契約の当初から更新上限に同意をさせられている事案について、今後主流となる事件を正面から闘った。
本件のように契約書に不更新条項が記載され、これに対する同意が条件となっている場合には、労働者としては署名を拒否して直ちに失職するか、署名して満了時に契約関係を失うかの「悪魔の選択」という二者択一を迫られる実態がある。
司法は、契約書の背後にあるこのような立場の弱い状況で迫られた労働者の実態を看過し、無期転換ルールを不更新条項によって死文化を是認するもので、司法の職責を放棄したと言わざるを得ない。
(2)「無期転換阻止をのみを狙ったものとしか言い難い不自然な態様での雇止めであれば無効」との裁判規範を勝ち取った財産は次の労働者の闘いへ引き継がれる
他方、私たちの裁判闘争を通じ、司法も全くフリーハンドで無期転換逃れを許容したものではない点も、あらためて確認する必要がある。すなわち、地裁・高裁は、結果として本件において適用を否定しながらも、更新上限の公序良俗違反性について,「無期転換阻止のみを狙ったものとしか言い難い不自然な態様で行われる雇止めであれば無効となる」との裁判規範を示した。この裁判規範は、今後無期転換逃れを闘う労働者にとって確かな武器となるものを残した。日通川崎支店無期転換逃れ事件の闘いの足跡は、不屈の労働者の闘いの歴史において、いずれ立ち上がる労働者に引き継がれ発展されると信じている。
5.労働契約法18条改正運動への発展
労働契約法18条の改正附則3項では、「同施行後8年を経過した場合に、施行状況を勘案しつつ検討を加え、必要があると認めるときは、その結果に基づいて必要な措置を講ずるものとされたものであること。検討の対象は、法第18条、すなわち無期転換ルール全体であること。」とされ2021年4月がその8年目を迎えるなかで、本件の闘いは、裁判闘争のみならず、立法闘争としても、広く全国の非正規労働者と連帯してダイナミックに進められた。
本件において、司法がその職責を放棄するなかで、労働契約法18条の欠陥を埋めるには、立法期間であらためて、不更新条項の制限や、無期転換までの期間の短期化などに取り組む課題が浮き彫りとなった。本件を通じて、あらためて、労働契約法18条が非正規労働者のために改正されることが求められている。